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正在排演『国盗人』的斎。

 前兩天站在書店的雜誌區前,心裡才正在犯嘀咕呢,為什麼眼看著『国盗人』6月底在世田谷的公演在即,怎麼斎的臉卻沒有隨著時間的接近而開始密集的出現在各大媒體呢?除了因為《国盗人》也將在8月1日於新潟りゅーとぴあ劇場上演,所以之前曾經在りゅーとぴあマガジン中有斎關於《国盗人》的專訪,不過除此之外,好像都靜悄悄的沒啥大動作啊?才這麼想完沒兩天,就在読売新聞看到「野村萬斎が主演・演出「国盗人」  「リチャード三世」翻案」報導囉~~。

 從改編自《溫莎的風流娘們》的『法螺侍』、到改編自《錯誤的喜劇》的『まちがいの狂言』,改編自《理查三世》的『国盗人』是斎第三齣改編自莎士比亞劇本的狂言(《ハムレット》應該算是一般舞台劇吧…)。當初看到『国盗人』的海報時,斎的肩頭上覆著一具武惡面,當時心裡就已經開始小小高興了,那應該代表著狂言,將會是『国盗人』這個大雜燴中一個重要的基底。因為和斎其它的純舞台劇比較起來,我還是喜歡斎的改編狂言多一些,因為在我心目中,身處在狂言建構起的世界裡的斎,無論是肢體還是心靈,都才是真真正正的自由的;而在看似不設限的西洋劇場中,反而處處可見斎被縛手綁腳的侷促。只是『法螺侍』和『まちがいの狂言』的演員還是以狂言演員為主,而『国盗人』相對來說狂言演員的比例較少,尤其是幾個主要演員都不是,所以在這個由受到不同戲劇訓練的演員,會組合成什麼樣的狂言劇場,這是令我相當期待的。

 即使學生時代早就K過《理查三世》,不過經過那麼長久的歲月,還給老師的部份沒有九成也有八成五,所以最近又乖乖的捧起劇本重K。其實我沒有很喜歡這個劇本,可能是說故事的節奏,也可能是因為光從字面上來看,我無法體會的人物心情太多(例如搖擺不定的Anne、更例如在我眼裡莫名其妙的Elizabeth),幾乎劇中的每個人似乎都對壞得透徹的Richard有著無比的耐心和包容力,所以除非活生生在舞台上的Richard能表現出異於常人的特殊個人魅力(這點我倒是對斎很有信心),否則我對這齣劇將無可避免的產生認同上的挫敗感。不過看來斎對於這些週邊人物的心態,似乎也重新做了審慎的思考和推敲,他將會如何讓這些人物在面對劇變時的反應和態度合理化,這令我非常非常的期待。而就史實上來說,幾乎每個世紀都有人為理查三世翻案,而現在斎也步上這條路。他將會從什麼樣的點切入來扭轉情勢呢?是要說Richard其實沒使那麼多壞,他只不過是政治鬥爭下的犧牲者,他那些被抹黑的惡行只是一個用來粉飾贏家(後來的亨利七世)正當性的裝飾品?還是要為Richard之所以無情的使了這麼多的壞,找一個合情合理的心情故事?我真的很好奇吶~~不過話說回來…雖然早已聽說斎要為理查三世翻案,不過就在我終於K完《理查三世》劇本時,再看到這則報導,心裡還是會涼半截的……不知道到時會跟原著差多少…不要考驗我的日文吶~~人家怕會看不懂啦~~~>_<

 和狂言中太郎冠者相通的,忠於自我內心所追求權利慾望的耍壞心態;和能舞台中亡靈相通的,放肆想像的表現手法。多元藝術,多重融合,這次斎的舞台上又會呈現出什麼令我驚嘆不已的莎士比亞,我已經迫不及待七月,將在世田谷和惡三郎的相遇啦!

読売原文:

野村萬斎が主演・演出「国盗人」  「リチャード三世」翻案

悪漢と狂言「実は近い」
 狂言の手法を使い、シェークスピア劇に取り組んできた野村萬斎主演・演出の舞台「国盗人(くにぬすびと)」が、22日から7月14日まで、東京・三軒茶屋の世田谷パブリックシアターで上演される。過去2作は喜劇だったが、今回は徹底した悪を描いた「リチャード三世」の翻案だ。(多葉田聡)

 「ウィンザーの陽気な女房たち」を基にした「法螺(ほら)侍」(1991年)と、「間違いの喜劇」を翻案した「まちがいの狂言」(2001年)で、「喜劇と狂言が、ある程度合うのは分かった」と語る萬斎。「どうせなら、違う毛色のものをやりたい」と、シェークスピア作品の中でも代表的な悪役を題材に選んだ。

 翻案はシェークスピア研究者の河合祥一郎。白薔薇(ばら)と赤薔薇の両国が対立する中、白薔薇の悪三郎(萬斎)が長兄(山野史人)や次兄(今井朋彦)らを次々と殺し、王位を手にする。残忍な悪漢と、笑いが特色の狂言は一見不似合いだが、両者は「遠そうで実は近い」と萬斎は言う。

 「自分の欲望に忠実な悪三郎は、狂言の太郎冠者にそっくり。『棒縛(ぼうしばり)』で主人が留守の間に、飲んではいけない酒を飲んでしまうように、全く我慢をしない。狂言は小悪党ばかりで、権力への欲望をよりどころに殺人まで犯すシェークスピア劇とはスケールが違うが、共通点はある」

 また、過去2作や今回のけいこを通じ、喜劇や悲劇といったジャンルを超え、シェークスピア劇と能狂言との類似点にも気付いた。

 「シェークスピア作品が上演された(英国の)グローブ座の構造は裸舞台で、極めて能舞台に近い。お客さんの想像力に委ねて展開するという意味では同じ。また、シェークスピアには妖精とか亡霊とかが出てくるが、亡霊が出てくる芝居は能の範ちゅうでもある」

 過去2作は狂言役者が中心だったが、今回は王妃、皇太后など4役を演じ分ける白石加代子をはじめ、現代劇の俳優も多数加わる。

 「シェークスピア作品は本当に大きな木で、いろんな物がなっている。それを翻案するのは、盆栽のように小さく切り取り、形良くシンプルにする作業。でも、元々がものすごく大きいから、狂言の手法だけで切り取ってはもったいない」

 様々な演劇手法を取り入れる姿勢は、芸術監督を務める世田谷パブリックシアターで掲げる「トータル・シアター」の考え方でもある。

 「日本には演劇的なボキャブラリー(語彙(ごい))がたくさんある。それを、オール・ジャパン(全日本)という形で統合していけば、シェークスピアという大樹を再現できるのではないか」

 ゆくゆくは「ハムレット」も演出したいという。(電)03・5432・1515。

(2007年6月13日 読売新聞)

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 在6月22日的ASAHI中又冒出了一篇:「「大悪党」に魅せられて  狂言師・野村萬斎」我承認…純粹是為了這張照片才PO這則新聞的…因為這張照片雖然有點小作做,可是實在太有魅力。

ASAHI原文:

「大悪党」に魅せられて  狂言師・野村萬斎

 シェークスピア生没年(1564~1616)の語呂合わせは、「人殺しいろいろ」。

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狂言師の野村萬斎さん=東京都世田谷区で

 確かにシェークスピアは様々な殺人者を書いた。中でも「リチャード3世」は、王位を手に入れるために身近な者の命を次々と奪う大悪人だ。背が曲がり、容姿は醜く、残忍だが、頭の回転は抜群。巧みな弁舌は男を陥れ、女を引きつける。

 そんな男の物語を日本に置き換えた「国盗人(くにぬすびと)」(河合祥一郎作)に主演し、演出する。

 「狂言に大悪党は出て来ない。だから悪役を演じてみたかった」という。

 これまで狂言以外で演じたのは平知盛、ハムレットにオイディプス王と、悲劇の貴公子が多い。今回の主人公悪三郎は勝手が違うのでは?

 「実はそうでもないのです。狂言の太郎冠者は、例えば酒を飲みたいと思ったら、何としても飲む。欲望と行動が直結しているんです。稚気にあふれ、ほほえましい半面、恐ろしい存在でもありますよね。盗み酒と王位簒奪(さんだつ)ではスケールが違うけれど、悪三郎をそう遠くは感じませんでした。彼がためらいなく欲望を発散する姿は喜劇的でもありますし」

 演出では自ら、いくつものハードルを設けた。

 過去に取り組んだシェークスピア劇の翻案2作は、狂言の様式を踏まえた演出だった。構成・演出・出演し、高い評価を受けた一昨年の「敦」も狂言師だけで演じた。しかし今回は今井朋彦、大森博史、山野史人ら現代劇の俳優も出演する。

 「俳優同士の有機的なつながりでドラマが展開することを第一に考えました。こうした演出の経験は浅いので、けいこの進め方はこれで大丈夫かと心配しましたが、出演者に『普通のけいこ場ですよ』と言われ、安心しました」と笑う。

 初めて女優も参加する。原作に登場する4人の女性すべてを白石加代子が演じる大胆な試みもしている。

 「権力争いをする悪三郎ら『男の軸』に対し、その戦いに翻弄(ほんろう)される女性たちを白石さんに集約することで、もう一つの強い『女の軸』を打ち出そうと考えました」

 伝統演劇の豊かさを糧としながら、現代に息づく舞台を創造する――。演劇人・萬斎は、一段階上の領域に挑み始めた。

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 7月3日 的しんぶん赤旗中,有北野雅弘さん寫的簡單劇評。…雖然斎出現在這種刊物裡實在是怪怪的…… 070703.gif

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 7月11日 的読売新聞中,斎的惡三郎造型終於亮相。

読売原文:

[評]国盗人(世田谷パブリックシアター)  ~成長見せる「演出家」萬斎

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 「間違いの喜劇」を翻案した「まちがいの狂言」など、狂言の手法を取り入れたシェークスピア劇で成果を収めてきた野村萬斎。過去2作は喜劇だったが、今回は史劇「リチャード三世」を題材に選んだ。王座を手にするため殺人を繰り返す悪漢を、狂言でどう料理するのか。シェークスピア好きにも、狂言のファンにも注目の舞台だ。

 赤薔薇(ばら)族との争いに勝った白薔薇族の悪三郎(萬斎=写真)は、長兄の王(山野史人)や次兄(今井朋彦)を次々と陥れる。さらに王妃(白石加代子)らを踏み台にして王位に就くと、長兄の息子や自分の妻まで殺してしまう。

 欲望の赴くままに邪魔者を排除していく悪三郎=リチャード三世の中に、演出も兼ねた萬斎は一種の子供っぽさを見いだした。主人から「飲むな」と言われた酒を、欲望に負けて飲んでしまう狂言の召し使いのような。そこで、狂言的な笑いやシェークスピアらしい言葉遊び(翻案は河合祥一郎)を駆使し、幼稚さを徹底的に強調した。

 一見、リチャード三世本来の冷酷非道さとそぐわないようにも思えるが、この工夫が終盤に生きる。王座を手にした途端、裏切りを恐れ疑心暗鬼となり、哀れなまでに動揺する悪三郎。そのうろたえぶりも、幼さゆえと素直に納得できた。

 現代劇の俳優も多数加わった今回は、狂言以外の手法もふんだんに取り入れた。王になる場面では、観客を民衆に見立てる演出が巧み。白石が演じ分ける女性4役を幻想的に続けて見せる場面では、歴史上、戦争や権力争いにほんろうされてきた女性の姿を象徴的に表現した。前半は単調な部分もあるが、中島敦の小説の舞台化「敦」などを経て、萬斎が演出家としてさらに成長していることを実感させる。(多葉田聡)

 ――14日まで。

 

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